「せーーーーいくれっどおおおおおおおおおおおお」

「うるさい、叫ぶな。」

ハーディンからの呼び出しで大急ぎで私塾へと駆け込んできたヨハネに

容赦なくセイクレッドの言葉が刺さる。

「オノエルは?!」

それでも慣れてるせいか言葉を続けるヨハネ。

「今のところは問題ないってハーディンから聞いてないわけ?あんたは・・・」

あまりの騒ぎ方に頭を抑えつつため息をつく。

「私は言ったぞ。」

怒りの矛先が自分に向けられては敵わぬと書物を開いていたハーディン氏は横から口を挟む。

「聞いたけど!」

「じゃぁ静かになさい。今オルの血盟員の人たちに協力してもらって情報集めてるとこ。」

そう言いながら何かの魔方陣をハーディンの指示で書き続けている。

「えーともうちょっと分かるよーに・・・。」

断片だけ言われ、事情が分からないヨハネ。

その様子に顔を上げず、作業を続けながらセイクレッドは答える。

「現状分かってるのはオノエルの意思でその場所に行ったわけではなさそうって事と

思ったより相手がめんどくさいって事。それから多分白の時間絡みの話って事よ。」

最後の言葉にヨハネがピクンと反応を示す。

「『オノエル』の存在知ってる人がボクら以外にもいるって事・・?」

「それは分からないわ。ただ、他に思い当たる可能性がなさすぎるのよ。・・・ハーディン、そっちの真言『als』じゃなかった?」

書き終えた陣の最終確認にかかりながらセイクレッドは答える。

「うー・・・・・・で、結局オノエルはどこ?」

考えるのを諦めてセイクレッドに問う。

「魂の島。」

「ってカマ村?!」

その返しにセイクレッドは渋い顔をする。

「カマ村ぁ?」

「カマエルの村のある島。略してカマ村。」

「略すな。・・・・・さーてと。準備OK?ハーディン。」

確認を終え、セイクレッドが立ち上がる。

「そういやさっきから二人で何の魔方陣作ってたの?」

半径3mほどの魔方陣にびっちりと書かれた真言。普段なら自ら陣など引かないハーディンまでがその手に棒を握り締めている。

当然の事ながら素人のヨハネには何が書いてあるかもさっぱりである。

「ああ、コレ?ちょっと魔族召喚しようと思ってね。」

「召還するのは私だがな。」

横からハーディンがさりげなく訂正する。

「魔族召還って・・・・召還してどするの?」

「召還して脅してオルの様子見に行かせる。」

けろっと言い放ちながら机の上のナイフを手に取る。

「始めて。ハーディン。」

その言葉にうなずき『言葉』の詠唱をハーディンは開始する。徐々に陣に書かれた文字が光を放ち全ての文字が淡い光をまとった所で

中央から『何か』が出てくる。


『我を呼ぶのは何者だ・・・・。』

出てきたモノを見て「わーっわーーー」とはしゃいだ声をあげようとするヨハネの口をセイクレッドは無表情のまま塞ぐ。

『この我は深き闇の王に近き控えし者・・・その代償の大きさを知った上での事か・・・』

威圧感のある低音が響く中、ハーディンが先に前に出る。その姿を見た魔物はわずかに目を細める。

『貴様か・・・・今はハーディンと名乗っていたか・・?』

「久しぶりだな、元気そうで何よりだ。」

事もなさげに答えるハーディン。魔物はフンと鼻を鳴らしその姿をしげしげと眺める。

『・・・我に何用だ。高くつくぞ。』

その言葉に少し肩をすくめ、ハーディンはセイクレッドを見やる。

「残念な事に貴方に用があるのは私ではなく、この者だ。」

ヨハネから離れ、前に一歩出るセイクレッド。その姿に再び魔物は目を細める。

「初めまして、私はヨハネス。貴方のお名前を聞いてもいいかしら?」

余裕の態度のまま、腰に手を当てわずかに微笑む。

『名だと・・・?』

「答えたくないならかまわないけど。一応礼儀としてこちらが名乗ったんですもの。そちらも名乗るべきじゃないかしら?」

そのセイクレッドの態度に不快な表情を見せるが、考え直すようにその名を名乗る。

『我名はベリアル。ヒューマンの女よ・・・貴様の様な小娘が我に何用だ?』

名乗られた名前にセイクレッドは少し考え込み、ハーディンを振り返る。

「なんか、予定と違う気がするんだけど。ベリアルって結構高位の魔族じゃなかったかしら。」

「あまり下級な魔族では戻ってくるか分からないではないか。」

セイクレッドの苦情に気を利かせてやったんだから察しろという目を向けるハーディン。

それにわずかため息をつきつつ彼女は手にした小型ナイフを宙に投げる。

「ま、いいわ。・・・・・悪く思わないで頂戴?」

再びその手に戻ったナイフを柄だけ掴み鞘から引き抜く。そのまま足を踏み込み地面に書かれた陣のある場所を

そのつま先で書き換える。そして魔方陣が別の意味を持ち光り始めた瞬間魔族の喉下へセイクレッドは短剣の刃を突きつける。

『何のつもりだ小娘・・・・・魔族である我にこの様な陳腐な刃が意味を成すとでも・・?』

その怒気の篭った声を聞きつつハーディンは、自分の口を押さえながら黙って現状を見ていたヨハネの所に移動し、

見上げてきたその肩を叩き後ろへと下がらせる。

「そうね、『陳腐な刃』のままじゃぁ無理よねぇ・・?」

両刃の短剣、その突きつけているのとは逆の刃にセイクレッドは躊躇なく自分の腕を滑らせる。

眉ひとつ動かさずその刃に自らの血が染まっていく様子を横目で見つめる。

『どうした?我の名を聞き自暴自棄になったか小娘・・・・。』

その言葉にいつの間にか遥か後方、私塾の入り口までヨハネを連れて退避していたハーディンが盛大にため息をつく。

「ベリアルよ・・・・私は先に伝えたはずだぞ『残念だ』と。」

『何・・・?』

パブテスマのヨハネの名においてここに願う・・・・我内に眠りし尊き神の息吹よ・・・・我血に揺れしその力よ・・・・・

応えよ、我意思に。闇を払う洗礼の力を持って我前にあるこの闇を永久の監獄へと導け・・・・・!



そう、真言を口にする。

ベリアル・・・そう名乗った魔物が反応するまもなく地面に描かれていた魔方陣をセイクレッドの血から溢れ出した力が走る。


「私はパブテスマの末裔、ヨハネス。この世界では『神聖生物』と呼ばれる者・・・・」

私塾を派手に揺らし、光の帯が魔方陣ごとベリアルを包み込む。

『な・・・・?!』

身動きの取れなくなったベルアルの前で、セイクレッドは刃を引き、一歩下がりため息をつく。

「ふぅ。」

その様子と私塾内に舞い上がった埃を見ながら遠くでハーディンは「もう1ランク下げてもよかったか」などとつぶやき。

「さて・・・と。ベリアル。もう気づいてると思うけれど・・・・私は貴方を消滅させる力を持っているわ。

ついでに言うなら私の力は貴方たち闇の者たちと対峙した状態で同等の聖の力を発動させる。」

軽く腕を振り、腕の傷口に腰に巻いていた布切れを巻きつけ口で引き塞いでからベリアルにあの凶悪な微笑みを向ける。

「これは取引じゃなくて脅迫よ。消えたくないのなら私の頼みを一つ聞いて頂戴。」